魯粛の呪い


 魯粛が死亡して100年近くがたった頃、王伯陽という者の家の東には塚があり、魯粛子敬の墓だと伝えられていた。

 伯陽の妻がなくなった時に、伯陽はその塚を壊して妻の墓とした。
 数日して伯陽が役所にいると一人の貴人が輿に乗っているのを目にした。従者が数百人もいて、人と馬とが連なっている。貴人は伯陽に近づくと
「私は魯粛子敬です。君はなにゆえ私の塚を壊したのか?」
と言って左右の者に目配せすると刀の柄で数百回も伯陽を打ち据えさせて帰っていった。

 伯陽は気絶していたが暫くするとまた息を吹き返した。しかし魯粛に打たれたところは全て腫瘍になり、数日後に伯陽は息を引き取った。

 また伯陽が死亡し、その子が墓を作ろうとして、漆の棺桶を二つ掘り出し南の岡に移しておいたところ、夜に魯粛子敬が怒って夢に現れ、こういった。
「おまえの父親をころしてやる」
 続いてまた父、伯陽の夢をみた。伯陽は
「魯粛と私で墓争いをしていて私は日夜恐ろしくてたまらない」
と訴えるのだった。
その後、数日して伯陽の霊位の敷物の上がおびただしい血でぬれていた。魯粛子敬が原因ではないかと思われる。


三国志データベース