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一、正史と演義

講師:劉備・陳寿


「初心者の民よ!機嫌はどうじゃ?私が漢中王・劉玄徳じゃ」

「おぉ!先主殿、ご機嫌麗しゅう。陳でございます」

「うむ。陳寿、今日は初心者の民に分かりやすく『正史』と『演義』の違いを説明してもらおうと思っておるのじゃが、やはりお前がこの役には適任よのぉ」

「はっ!有り難きお言葉でございます。
ではまず、初心者の方が良く勘違いされる事から説明致しましょう。
先主殿は『正史』といえば、簡単にどう説明されますか?」

「うむ。そうじゃのぁ、私なら…『三国志の時代を人物別に取り上げた歴史書』と、説明する…」

話し終わる前に…
「あ〜違うんだなぁ!!だから歴史でも詰めが甘いんですよね?。
いいですか?『正史』とは三国志の時代のものだけを指すものではありません
『正史』は紀伝体と呼ばれる歴史書で、人物紹介のようなものです。
この三国志博物館で良く使われる『正史』とは、確かに私が書いた『正史・三国志』を指しますが、実際の『正史』とは中国の中でいくつか存在しているのです。
それらは『二十四史』と呼ばれ、有名なものには『史記』・『後漢書』なども挙げられます。
中でも私の『三国志』は傑作の中の一つとして現在も広く研究材料として用いられ、評価されてるとか…(自慢げに)

かなりご機嫌ななめに…
「ふんっ。…まぁ良い。
後漢書と言えば、私達が凌ぎを削る前の後漢の時代のものだな?」

「あ〜どうしてそこまで分かってて間違うかなぁ。。。
後漢書とは、正確には『後漢の書』ではなく、『後・漢書』なんですよ!」

血管が浮きで始めた様子…
「そ・そうか……勉強になるのぉ。(まぁ民も見ておるし、ここで突っ込むのは止めておこう)
ではここまで私がまとめよう!
『正史』とは正しい歴史書の事で…」

「あ〜もう段々ムカついてくるなぁ。
『正史』は正しい歴史書ではなく、政府が正式に認めた歴史書のことです。
ちなみに私が書いたのは晋の時代の時ですから、あくまでも魏が正統だという前提で書かれてます。
それ故、実は真実とは違う部分もあるのかも知れません」

「バカモン!!それでは歴史書として失格ではないか!?(実は違う意味でキレている)
曹操が正統だと?彼奴こそ乱世の奸雄・極悪の権化ではないか!?」

「そ・そう言われましても…私にも立場が…(汗)
…おぉ!そうだ!その代わり、劉侯爵だけは特別な配慮を致しておりますゆえ…」

「特別な配慮?なんじゃ?それは?」

「はい。通常、人物のことはたいてい姓は抜きで名前だけで書いてます。
例えば、董卓の事などは「卓」と書いてます。
対して、廟号(びょうごう)や謚号(しごう)で書かれていることもあります。
この例は、曹操様は「太祖」、曹叡様は「明帝」と…こんな感じです。
しかし、私は魏と敵対関係にあった、呉と蜀に関して、孫権を「権」と書いてますが、劉侯爵の事は「先主」と書いてます」

「お〜!!そうか!(かなり機嫌も直って)
さすがは元・蜀の要臣。そこら辺は我らを立ててくれた訳だな。
しかし、良くその様な書き方を晋が認めたものだな?」

「正直、そこは私にも分かりません。
あるいはそれ程、劉侯爵の名声が高かったのか?または漢の正統な後継として、晋が認めていたのか?…」

「うむ。して、演義と言うのは、その正史を元に羅貫中が書いた小説だな?」

「はい。但し羅貫中という人物が本当に書いたのかどうかは微妙です」

「何?それは初耳だな。作者が別にいると言うわけか?」 

「羅貫中は元々、小説を書いていたと言う事実が残されてないんです。時代背景的には、明の時代に書かれたという事になってますから、これは間違いないんですけど…」

>>続く


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